絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 彼女は視線を逸らして考え始めた。
「全然覚えてない?」
「宮下店長……」
 こちらを確認する彼女に、とりあえず笑顔を見せる。
「今までは普通に寝てただけだからね。体は大丈夫だよ。うん、ちょっと布団はぐるね」
 言いながら既にはぐっている。
 というか、この状況で白衣を着ている奴に、かなりの違和感を感じた。職権乱用という言葉がよく似合う。
「痛いところはないですか?」
「はい……」
「胸焼けとかもない?」
「……うーん、はい」
「大丈夫そうだね」
 その言葉に安心した。
「……私。あの、お客さんの家にテレビを……」
「そう、そう!」
「宮下店長と2人で……」
「そうだよ。そこで、お茶飲んだの覚えてるか?」
「はい」
「あれはお茶じゃなくて酒だったらしい」
「少しきついけど、異常はないよ」
 坂野咲医師は、実に医師らしく優しげに、診察を続ける。
「え……え……」
「多分、あの井野さんに盛られたんだ」
「……どうして?」
「それは、本人に聞いてみないと分からないけど」
「どうして私が……え、宮下店長もですか?」
「もしかしたら俺のカップにも入っていたかもしれないけど、たまたま飲まなかったから」
「……なんか、すごくまずかった気がする。もしかして、飲みすぎたら死んでいましたか?」
 香月は坂野咲に質問をした。
「いや、それはない」
「俺が飲んでいなくて良かったよ、本当に……」
「そうだな」
 坂野咲は珍しく素直に同意した。
 香月は自分でゆっくりと起き上がる。
「あの、……今、何時ですか?」
「今は、5時10分。ヤグラレイジさんという人が迎えに来るそうだ。悪い、勝手に携帯に出た」
 だが、香月はそこには何も反応せず、
「それまで帰れないんですか?」
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