優しい手①~戦国:石田三成~【完】
『人馬一体』という言葉がよく似合う男だった。


どうにものんびりあくびをしているのでつい疑ってしまうが、人一番、気配を察知することに長けていた。


「兼続、何か来るよ」


「はっ!」


急ブレーキをかけたので慌ててそれに倣うと、幸村たちも戻って来て桃を囲んだ。


「半蔵かな、あれほど言っておいたのに…命を惜しんでほしいんだけどな」


――周囲は鬱蒼な深緑で、死角はいくらでもあり、清野が怯えたように後ろから桃の手に触れたきたので、それで桃の肝が据わった。


「ね、何かお手伝いできることない?何でもするよ!」


謙信が驚いたように眉を上げて笑い、すらりと刀を抜いた。


「そのままそこに居て。幸村、行っておいで」


「御意!」


勇ましい掛け声と共に、沢山の気配がする竹林へと幸村が突っ込んで行く。


三成は一度桃と目配せをし合い、何も言わずに走って行き、逆に政宗と小十郎は奇襲を狙い、敵の背後を襲う作戦に出て大きく迂回を始めた。


――剣戟が聴こえはじめた。

クロも落ち着きなくそわそわしていてが、謙信の馬は微動だにせず、また謙信も瞳を閉じて動かない。


「謙信様…っ、恐ろしゅうございます…っ」


「…」


清野の声も耳に入らないのか、耳鳴りがするほど集中しているのがわかった。


「兼続は左、私は右」


「畏まりまして!」


突然沸いて出たかのようにして黒ずくめの男たちが現れ、刀を手に襲い掛かってくる。


興奮したクロが立ち上がり、何人かを蹴り倒した。

簡単な軽装備しかしていないのに、キインという音がした途端、血風をまき散らしながら数人の男たちが吹き飛んだ。


「きゃ…っ」


「姫、目を閉じていて。あとクロを信じてやるんだ」


――言われた通りに目を閉じてクロにしがみつくと、砂糖に群がる蟻のように近付いてくる刺客たちがクロの蹴りで跳ね飛ばされて行く。


その暴れっぷりに乗っていられるのがやっとだったが、幸村が槍を鮮血で染め上げながら戻って来た時、刺客たちが一斉に引いて行った。


――誰一人として、傷は負っていなかった。
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