優しい手①~戦国:石田三成~【完】
――謙信はいつも馬に不思議なことをしている。


出発の直前、馬の鼻面を撫でながらまっすぐ視線を合わせて何か話しかけているのだ。

そういう時は、落ち着きのない馬でも急に大人しくなって謙信を背に乗せた。


クロも同じで、謙信が首や鬣を撫でると嬉しそうに鼻を鳴らすことがある。


「謙信さんって不思議だよね」


「不思議?私はただの昼寝好きな凡人だよ」


着慣れないジャージ姿に着替えた清野を黒の背に乗せて走りながら謙信が馬を寄せてきた。


尻尾を上げて気分をよさそうにして走る謙信の馬を指さす。


「いつも何か言ってるよね?何て言ってるの?」


――幸村は何かに解き放たれたかのようにして先頭を突っ走っていて、次に三成と政宗、桃たちの後方を小十郎と兼続が走っていた。


尻尾を上げて走っているのは謙信の馬だけだ。

指摘すると、走りながら状態を前へ傾けて首を撫でてやるとまた嬉しそうに嘶いた。


「馬は信じてくれる者を信じて走るんだ。それは信頼関係だよ。たったひと時の関係でもそうやって心を合わせれば、倍以上走ってくれる。“今日はよろしくね”って言ってるだけだよ」


目から鱗が出そうになった。

クロ以外の馬は皆宿で乗り換える。

なので元気が良いのは当然のことなのだが信頼関係が芽生えればさらに馬は早く長く走ってくれるというのだ。


――ちょっとだけ悔しくなった桃は、クロの鬣を引っ張りながら注意を向けさせた。


「クロちゃん聞いた?信頼関係が生まれるともっと走ってくれるんだってよ」


喝を入れられたクロが徐々にスピードアップしてきて、鞍を清野に譲ったためにクロに直で乗っている桃の身体が踊る。


「わ、わ、そんなに慌てなくってもいいってば!」


前のめりになって止めようとするが止まらず、逆に少しスピードを緩めた謙信がほう、とため息をついた。


「姫、また可愛いお尻が見えてるよ。ちょっと邪魔なもの履いてるけどまあいいか。ねえ、撫でていい?」


完全なセクハラ発言に口をあわあわさせていると、謙信が笑い声を上げる。


「清野さん、落ちないように気を付けてね!」


男勝り全開だった。
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