優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「…三成様…」


桃の手を引いて中庭へと向かう三成の姿を、お園が姿を見られないように後をつけながら見つめていた。


――あの優しくてあたたかい手は5年前…自分だけのものだったのに。


その手を離したのは自分だ。

今さらまたあの手が欲しくなったとは、絶対に言えない。


「桃、転ぶなよ」


「うん。じゃあ抱っこして運んでくれる?」


「!お、俺をからかうな!」


…すぐに赤くなってしまう三成の顔も…自分だけのものだったのに。


三成の全てを独占しているのは、あの小さくて可憐な女子。

今は主の上杉謙信公が尾張から連れて来たという姫君。


…どちらが間男なのか。


「…羨ましい」


――“妻に”と言ってくれた。

けれどただの女中に過ぎない自分と結ばれるわけにはいかなかった。

しまいには身体も心も壊してしまい…逃げ出した。


「三成様…」


優しすぎるほど優しい瞳で桃という名の女子を見つめる三成。


同じ家臣団の清正や、主である秀吉にも気の緩みを許さず、苛烈に進言し、意見が対立することもしばしばあるほどに曲がったことが嫌いな男だ。


…三成との出会いを思い出す。

秀吉の朝餉の膳をひっくり返し、打ち首寸前の自分を庇ってくれて…

それから少しずつ会話を交わして、惹かれ合って、男女の関係になったのは半年後のことだった。


――久々に見た三成は…ものすごく雰囲気がやわらかくなっていた。


「クロちゃん、元気にしてた!?」


「ぶひん!」


幸村に引かれた巨体の黒毛の馬が桃を見るなり走り出し、襲い掛かると思ったらぴたりと目の前で止まって鼻面を寄せて尻尾を振った。


「わ、くすぐったい!三成さん、クロちゃん止めて!」


「無理だ。気が済むまで撫でてやれ」


クロの鼻面を猛烈に撫でながら可愛がる桃の姿を見た幸村と三成が揃って目じりを下げて、目が合うと揃って表情を引き締めて咳払いをする。


「クロちゃん、目が見えるようになったら洗ってあげるからね。それまで誰も蹴っちゃ駄目だよ?」


「ぶひん!」


返事をしたクロに満足した桃は三成に手を引かれてまた引き返した。
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