母を赦して3000里
母が死んだ日
 あれは私が小学4年のとき、ソファに突っ伏して泣いてた。

 大雨だったからか、テレビでやってる映画『いまを生きる』のせいか。

いや、確かに雨が嫌いだったけど、『いまを生きる』はたいそうな感動作だったけど、それだけじゃ理由が足りない。

いつもと何も変わらない日だった、
カーペットに仰向けになって腕組みをして、足までくんで天井を見ていた母が実に異様で。
 いつものコンタクトをはずして、ぼんやり見える視界にはなにが映ってたんだろう。
恐ろしいほど無表情だった。敗北感、覇気を失ってしまったような空気が漂っていた。
眉毛をへの字にして甲高い地声で幸せそうにケラケラって笑う母がどうしてこんなになってしまったんだろう。まるで別人、こんな母は初めてだった。


私はテレビと私の間にいる母に目が離せなくなっていた。
これから何が始まるんだろう?

見当もつかないことって怖くてたまらない。
まさにその感情で母を見つめていた。

「もう寝よう。」
独り言のように言って起き上がった、私は視界に入ってない。声をかけるすきを感じなかった。もし何か質問でもしたら打たれる。
そんな殺気は大げさかしら。

少し飲んだお酒のせいか、のそのそ横に揺れながら歩いて、流しに向かって水を飲んだ。
「あー。」
飲み干した後にもらした声が、より異様さを引き立てる。
私を振り向きもせず、寝室に向かう母をみて、
ソファで突っ伏して泣いたんだ。
雨と映画は涙のソースでしかなかった。

怖かったから?母から漂う空気はいつもの母とは別人で、まるで母が死んでしまったようだった。

あの時、兄はいなかった。
いつもいるお兄ちゃんがいなくて私だけじゃつまらなかったから?
お兄ちゃんがいたらいつものお母さんに戻るのかな?
きっとそうだよね。

私ってかわいい。そんなこと考えて、母がよみがえってくることを望んでいたなんて。

小4のとき誰と仲良かったっけ?担任は誰だろう。しかも何組?
記憶なんてまるでないのに、私がここまであの日を覚えてるなんて。

やっぱりあの日が母が死んだ日だった。

そしてあの日も父は帰って無かった。


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