ゼーメンシュ
わんにゃん探偵事務所
「いえ・・・うちは動物専門の探偵事務所で、人間や妖怪なんて探してませんよ。」
ミハルは癖っけのベリーショートを掻きながら、この目の前に居る黒服たちにどうお帰り願おうか考えていた。

いつものようにこの廃墟寸前のボロビルの探偵事務所の掃除をしてコーヒーで一服していると、いきなり黒服の男たちがやってきた。
男3人だけなのに、ボディーガードと思しき2名の屈強さが、部屋を余計窮屈にした。
「え、あ、ど、どんな子の捜索依頼で」
そうミハルが言おうとしたとき、真ん中でひときはこじんまりとした老人が言葉を遮った。
「人魚を連れてきて欲しい。」
ミハルは耳を疑った。
「人魚って、あの人魚姫の人魚ですか?」
ミハルは相手にバカにされることを承知で童話の人魚姫の人魚かと尋ねた。
男たちの顔は真剣そのものだった。
「あ!あの、ジュゴンとか、マナティとか、人魚って呼ばれてた動物たちをお探しとか・・・?」
男たちの身なりを見て、どれもブランド物ではなく特級階層向けの仕立て屋が仕立てたとしか思えない服だとミハルは確信した。その方向で、もしや飼っていた金持ちのペットがジュゴンやマナティで、愛称が「人魚姫」とでも呼ばれていたのではないかと推測した。
「いえ、人魚でございます。マーメイド、ゼイワーフ・・・。これは女の人魚の名称ですがね。」
老人は勝手に応接用のソファーに腰かけた。
ミハルも老人につられて対面のソファーに腰かけた。
長い白髪眉毛に隠れて老人の目の動きを察することはできなかった。
「マーマン、ゼーメンシュ・・・。これは男の人魚の名称でしてね・・・。」
「はぁ、人魚でもいろんな呼び方があるんですねー。」
ミハルは話を聞きながら関心なさげに応えた。
「それで、ゼーメンシュを連れて来ていただきたい。」
「は?!」
ミハルは人懐っこい目をさらにまん丸にして大きな声で驚いた。
「ゼ、ゼーメンシュって男の人魚ですか?」
「正確には人魚のクォーターの男性、ですがね。」
老人の眉尻がほんの少し上がり、極めて冷静で鋭い瞳がミハルを突き刺した。


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