四竜帝の大陸【青の大陸編】
「我は精霊では無い」
「えー! だってこのご本の絵と似てるよ?精霊さんでしょう?」

デルの木に花が咲くころ、セイフォンに行った。
処分対象があったのではない。
気が向いたからだ。

我としては非常に珍しいことだった。
離宮でデルの木の下で座っていると、小さな人間が話しかけてきた。
子供。
幼い人間の女。
幼女は抱えていた本を我に見せ、我を精霊だと言った。
本はほとんど文字の無い、挿絵ばかりの絵本だった。
雪の精霊の童話。
どうでもいいと思うのに。
なぜか訂正してしまった。
 
この幼女の瞳の色は、ヒュートイルと同じだった。

数年の間。
我は離宮に滞在した。
暇だったので幼女の希望のまま留まった。

「ねぇ、抱いて」

いつの間にか『女』になったイレイッタは、我を望んだ。
イレイッタは当代王の第4王女。
やがては国の<道具>として、嫁ぐ。
王が政治に使うこの<道具>が、処女である必要性があるのかどうか。

「わかった」

我にはどうでも良いことだった。

ある日。
イレイッタは言った。

「私、貴方の花嫁になりたいの」

次の春に、隣国への輿入れが決まった。
数年前から我と関係を持っているイレイッタは、泣きながらそう言った。

「我の“つがい名”を、お前が呼べたなら」

その細い咽喉を血が滲むほど掻き毟っても、イレイッタは我の‘名’を口にすることが出来ず。
狂ったように泣き叫び。
冬の凍てつく湖に、身を投げた。

王女は悪魔に魅入られたのだと、人々は噂した。
イレイッタが湖に落ちるとき。
我が傍らにいたのを何者かが目撃していたのだろう。
 
王女は<白金の悪魔>に恋焦がれ。
愛しい悪魔に魂を捧げた。
後に吟遊詩人がそう歌った。 

悪魔など。
絵本の中にしかいないのに。



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