四竜帝の大陸【青の大陸編】

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「御子を望まれないと…。ならば奇跡など起こらぬほうが、良いですな。無用な奇跡は災厄となる。貴方にとっても、奥方にとっても」

<黒>は枯れ枝のような指を皺で弛んだ顎に添え、軽く頷く。

「ふふ……竜と人の間には、天地以上の種の違いがある。自然交配など、有り得ない。貴方が御子を疎むなら、まず安心ですな。……今後、人間との混血実験を貴方は許さないでしょうから」

今までの我は。
先代の<青>の実験に、意見も興味もなかった。

「なぜ、そう思う?」

<青>の憂いた竜族の未来。
緩やかだった滅びへの道は数代程前から加速し、つがいの間に子が1人しか出来ぬという最悪のところまできて、ようやく足掻き始めたが。

「子を望まぬ貴方には“竜と人の間に子は出来ない”という、揺ぎ無い事実が必要です」

その通りだ。
もし。
万に一つの可能性が存在し。
それを知ったりこが子を得たいと強く望んだなら。
りこが本気で、心から望んだら。

我は、負ける。
勝てるはずが無い。
りこは我の女神であり、支配者なのだから。

我は、負ける。
我の子に、りこを奪われる。

この世に存在し得ない、我とりこの子が。
我の、唯一の敵。
絶対に勝てない、最強の敵だ。

「私の願った誇り高き滅びを、貴方は与えて下さるでしょう。人間との混血? 冗談ではありませんよ! あのような下賤で野蛮な種と血を混ぜるなど我慢なりませんっ……ふふっ、黄泉でセリアールの馬鹿が、地団駄踏んでますな。あぁ……全て異界の姫のおかげですなぁ、感謝しなければ」

<黒>の人間嫌いは相変わらずか。
黒の大陸の科学力を駆使すれば、セリアールの実験成果も違ったやもしれん。
だが、<黒>は一切の生体科学の提供を拒んだ。
その大陸の竜帝の許可がなくば、他の竜帝は書物一冊、葉の一枚さえも手に入れられぬ。
同族での争い……殺し合いを避けるために、竜帝には多くの枷が科せられている。

この件に関しては、それが幸いしたな。
セリアールよ、今は亡き<青>よ。
我を呪いたければ、呪え。

もっとも、お前に呪われたぐらいでは。
我はなんともないどころか、気づきもせんが。

我は、強い。
竜の叫びも、悲しみも……未来も、叩き壊せるほどにな。

いずれ去り行くであろう竜族に、逃げ道などを残さず。
完膚なきまでに、消し去ろうか?



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