四竜帝の大陸【青の大陸編】
「来い。りこが呼んでいる」

執務室に転移した我は机の上の書類に埋もれていた青い頭を左手で掴み、そのまま持ち上げた。

「うおっ!? またてめえか、くそじじい!」

<青>が足をばたつかせたので使っていた椅子が音を立てて倒れ、乱雑に重ねられていた本や書類が執務机から落ち床に散乱した。
インクがこぼれ、周りに黒い染みを作った。

「ぎゃあっ、せっかく仕上げた書類がー! やっと終わって飯が食えるはずだったのに……しかも、んな格好で現れやがって! くおらぁっヴェル、猥褻罪で牢にぶち込むぞ!」

目的の物体を手にした我が、すぐ転移しなかったのは<青>が暴れたからではない。
もちろん、猥褻罪がどうのと<青>が喚いたからでもない。

邪魔が入ったからだ。

執務室の内部に外への転移を防ぐ術式が展開され、天井の照明によるものではない薄青の光が細かな点滅を繰り返し室内に満ちていく。

「陛下は大怪我をしている……貴方のせいで。手荒なまねはやめていただきたい」

居たのはわかっていたが、用があったのは<青>なので気にも留めていなかった。
<青>の竜騎士達と同じ騎士服を身につけた、人間の男……契約術士クロムウェル。
彫りの深い顔立ち。
浅黒い肌に濃茶の目。
白髪混じりの黒髪を短く刈り上げ、鍛え上げられた大柄な身体は竜族の<青>よりも長身で……体躯的にはちびの<青>より、この男のほうが竜族のようだ。
猛禽類を思わせる容貌には、以前には無い皺が加えられていた……白髪も無かったな。
 
人間が老いるのは、やはり早い。

「この馬鹿っ、下がれクロムウェル、死にてえのかっ!」
 
アンデヴァリッド帝国の将軍の地位も大貴族としての名も捨て、ただのクロムウェルとして<青>の契約術士になったこの男は、術士としても武人としても優秀な人間だが。

「愛しい貴方をこのように傷つけた男に、文句の一つくらい言わせて下さい。貴方に恋焦がれ、帝都に移住して24年。この方にはいろいろ苦労させられましたが……今回の<監視者>殿の仕打ちは目に余る。あのような惨いことを……陛下は私の未来の花嫁なんです。万が一、死んだらどうするんですか?」

我から見ても。
少々、変わっていた。

「誰が花嫁だ! そんな未来は存在しねえっ。あのなぁ~、クロムウェル。何度も言うが俺様はつがいの雌を嫁にもらうんであって、お前の嫁にはなれねえよっ! 24年間ずーっと言ってんだろうが!」

この男は<青>に‘片思い’しているのだと、楽しげな笑みを浮かべたダルフェが、以前そう言っていた。

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