四竜帝の大陸【青の大陸編】

87

カイユさん達がお仕事から帰ってきた。

夕陽でオレンジ色に染まった温室で、ナマリーナにご飯をあげる準備をしている時だった。
ハクちゃんはベンチに座って、私とカイユさんのやりとりを眺めていた。

彼は何も。
何も言わなかった。

陶器のような白い肌も、真珠色の長い髪も夕陽色になっていた。
縦長の瞳孔の黒さが際だち、黄金の眼には夕陽の赤みが加わっていた。
何も言わず。
私達を見ていた。
 
青い騎士服を着たカイユさんの腰には刀……朱色の綺麗な鞘だった。
カイユさんは、それに私の視線が向けられているのに気がついていた。

ーーあの皇太子が帝都にいる間は帯剣をお許しください、トリィ様。

刀や剣。
今まで、テレビや映画でしか見たことがなかった。
この世界に来て本物を見た……見せられた。

カイユさんはそれを察してくれたみたいで、私の前ではセイフォンでも帝都でもそういったものは一切持っていなかった。

ダルフェさんに誘われてオフラン君達の練習を見に行ったことがあったけれど、興味より怖い気持ちの方が強かった。
 
ーー今の私は……母様は、刀を放せないの。ごめんなさい……不安にさせてごめんなさい、私の可愛いお姫様。

寂しげな笑みを浮かべて、お土産だと言って私に象牙細工の髪留めをくれた。
八重の花が彫られた綺麗な髪留めだった。
柄杓とバケツを持って立っていた私の髪に、それをつけてくれたカイユさんの手は白い手袋をしていた。

ダルフェさんはダルド殿下の警護担当になったので、彼が滞在中はここには顔を出せないとカイユさんが言った。
柄杓とバケツを持ったまま、私はカイユさんを見送った。
軍服のような<青い竜騎士>の制服の背に流れる銀色の髪は長くまっすぐで……刃物のように、煌いていた。

私が見送ったのは<母様>じゃなく、カイユさん……<青の竜騎士・カイユ>だった。

ご飯がお預けになり焦れたナマリーナが立てた水音は、激しい雨が温室の天井に打ち付ける時の音とよく似ていた。

雨は降っていない。
今日の夕陽は塔から見たら、とっても綺麗だったと思う。
明日はきっと、快晴だ。

 

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