四竜帝の大陸【青の大陸編】
「覚えておきなさい、トリィ」

私の中で、何かが壊れて。

「貴女の母様は多くの人間にとって、忌まわしき者なのです」

私の中で。
また、新しい何かが生まれたんだ。

「この世には完璧な善も完全な悪も、そんな都合の良いものは存在しないのです」

カイユさんは。
母様は。

「竜族は人間より遥かに長く生きます。善だったものが悪とされ、悪だったものが善となるさまを目の当たりにし、過ぎたものを見送っていく……。私の考えは人として育った貴女には、受け入れられないものかもしれない。それでもいいの。心の隅にでも、母様の言葉を置いておいてくれれば充分」

私に、その何かを与えようとしてくれている。
私が持っていなかった、何かを。

「……トリィ。貴女がヴェルヴァイド様を愛するように、私はダルフェを愛しているの。先に逝くダルフェを選んだことに後悔などない」

この世界で生きる私に。
ハクを愛した私に。

「確かに共に生きられる時間は短い。だからなんだと言うのです? かわいそうだと、哀れだと? 冗談じゃありませんわ。それは私への侮辱。誰がどう思おうと、私は幸せなんです」

カイユさんの両腕が、私を引き寄せた。

「私は、カイユは幸せなんです」

包み込むように。
あたたかさを分け合うように。

「いいこと、トリィ。貴女の幸せは貴女が見つけ、何が幸せなのかは貴女が決めなさい。セイフォンの術士や死にぞこないの女将軍などには、貴女の幸せは分からない。もちろん、私にも分からない」

柔らかな胸に耳を押し付けると、心臓の音が微かな振動と共に伝わってきた。
それは子守唄のように、優しく響く。

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