犬と猫…ときどき、君

それなのに、目の前の彼女は小さく息を吐き出して、

「かなり、やられてましたよー」

同情をこめるような声で、ポツリとそう呟いた。


ゆっくりと上げた視線の先の彼女は、その頃の事を思い出してか、眉間の皺を深くする。


「本当に最低な病院なんですよ、あそこは! 芹沢先生、私達の前ではいつも笑ってたけど、相当辛い思いをしてたと思います」

「……そっか」

「しかも、彼氏も最悪な人だったから尚更! まぁ、私が辞める前には、もう別れてましたけど」

「……っ」


彼女の口から零れ落ちた“彼氏”というフレーズに、心臓がギリギリと痛くなる。


あれから一年以上も経ってるんだ。

解ってる。
ちゃんと頭では解ってるのに……。


「彼氏、いたんだ。……どんなヤツだったの?」

ほとんど無意識に、そんな言葉を口走っていた。


そんなことを聞いてどうする?

聞いたところで、キツくなるのは分かりきってるだろ。


「全っっ然、胡桃先生の仕事を理解してくれないような人でー。いつも胡桃先生に無理させて、本当にかわいそうでした」


院長やお局アニテクの目を気にしながらも話し続ける彼女は、

「私、たまたま見ちゃったんですけど……。胡桃先生、精神安定剤とか、睡眠導入剤とか飲みながら仕事してたみたいなんですよねー」

そんな言葉を、続けざまに口にしたんだ。


胡桃はさ、すごく真っ直ぐなヤツだから。

どんなに辛くても、“頑張らなきゃ”、“我慢しなきゃ”って、そう思うようなヤツだから。

だから誰かが傍にいて、“そんなに頑張んな”って、止めてやらないとダメなんだよ。


誰かが、傍にいて――?

「……」

違う。
違うだろ。

“誰か”じゃないくて、“俺が”傍にいたいのに。

何もできない自分が悔しくて、握りしめた拳に力が入る。

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