犬と猫…ときどき、君

振り返る事も出来ない。

城戸に声をかける事なんて、絶対に出来ない。

そんな私の耳い届くのは、昔と変わらない、松元さんの甘えたような喋り方で。


「芹沢さんに叩かれたの!!」

「え……?」

ますます低くなった城戸のその声に、体か小さく震え出す。


「芹沢」

「……っ」

「なぁ、どーゆー事?」

「ごめん……なさい」


口を吐いて出た謝罪の言葉に、真後ろから城戸の溜め息が聞こえた。


「謝って欲しいんじゃなくて、理由を聞いてるんだけど」


――理由。


「なぁ」

「ごめん……」


理由なんて、言えるわけがない。

言ったら、城戸がきっと傷付く。


彼女にあんな風に思われているなんて知ったら、城戸が傷付と思ったし、私が松元さんを叩いたのは私の勝手な気持ちから。

それを分かっていたから……。

「ごめんなさい」

私は同じ言葉を繰り返すしかない。


「取りあえず、お前はこっち来い」


そんな私に、“チッ”と小さく舌打ちをした城戸は、松元さんの腕を掴むと、そのまま医局に向かって歩いて行った。


私を一人、その場に残して。


その後ろ姿をぼんやり眺めていたら、やっぱり胸がどうしようもなく痛んだ。


ズキズキ、ズキズキ。


何だろう?

この痛みは。


石のような、重たくて硬い何かで、そこをグリグリと押し潰されているようなその痛み。


「芹沢先生、大丈夫!?」

顔を歪めた私に、心配そうに声をかけてくれた常連のオーナーの言葉でハッとした。


「あ……すみません。お騒がせしてしまって!」

「大丈夫よー。それにしてもあの子、城戸先生の彼女なの?」

「あ、えっと……」


言葉に詰まった私に、その人は「だとしたら、趣味が悪過ぎるわねー」なんて口にして。


「でも、芹沢先生があの人を引っ叩いた時スッキリしちゃった」

そう言って、ヒリヒリと痛む指先を握りしめる私の前で、フンっと鼻を鳴らした。
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