犬と猫…ときどき、君

「……」

どういう事だ?

胡桃と今野は、今日会う約束をしてたんじゃないのか?


頭が混乱して、一瞬考え込む。

だけど、目の前に置かれたプレゼントと、“おめでとう”――そう言った今野。


ボーっとする俺の視界には、今野を追おうとする胡桃の後ろ姿が映っていて、それがあの日の胡桃の背中と重なる。


本当は、ずっと後悔していた。

あの日、何で胡桃を追いかけなかったんだろうって……。


あれが、今俺を苦しめている、総ての嘘の始まり。


及川さんに止められたとしても、追いかけて、あった事を話すべきだったんじゃないかって……ずっとずっと、心に引っかかっていた。


――後悔は、もうたくさんだ。


そう思うのと同時に、一瞬握りしめた指先を、俺の腕をすり抜けた胡桃に伸ばし、

「胡桃!!」

強くその腕を掴んで、もう一度自分の腕の中に閉じ込める。


俺は今、松元サンと付き合っていて、胡桃もそれを知っていて。

こんな事をして、いいはずがない。


だけど、どうしても……。


何度も何度も、“嫌だ”と呟く胡桃の震える声を聞く度に、胸がギリギリとしめつけられる。


「お願い、離して……」

「胡桃」


“胡桃”。

胡桃は自分に似合わないって言っていたけど、俺は大好きなんだ。

口にする度、愛しいって……そんな風に思える名前なんて、そうそうない。


――だけど。

小さく嗚咽を漏らす胡桃を、開放しないと。


「胡桃」

これを聞いたら、きっともう、こんな風に名前を呼べなくなってしまうから。

だから、もう少しだけ。


「今野が好き?」

もう少しの間だけ、その名前を呼ばせて。


今野の名前を出した途端、胡桃はまたボロボロと大粒の涙を零す。


ごめんな――……。


これが最後。

胡桃を困らせるのは、これが最後だから。


「じゃー、一個だけ答えて?」

「……」

「今野が置いて行った箱と、俺が置いたこの箱……」


答えなんて、決まってる。


「どっちかしか受け取れないとしたら、胡桃はどっちを受け取る?」


でも、優しい胡桃は、きっと答えない。


だけどそれってさ、俺と今野が、胡桃の中では同じ位置にいるって事だろ?


そうだとしたら……。

やっぱり身を引くのは、俺だよな。


そんなの、分かりきってた事だろ。


“諦めないといけない”


強く思っているのに、胡桃は、一瞬机の上の二つの箱に視線を落とし、今にも泣きそうな表情で、首を小さく横に振った。

< 382 / 651 >

この作品をシェア

pagetop