犬と猫…ときどき、君

耳元で聞こえていた鼓動が、さっきよりも少しだけゆっくりになった頃。

「寒い?」

頭上から落とされたその声で、自分が震えていることに気がついた。

それに小さく首を振って、うずめていた胸から、ゆっくりと顔を上げる。

「寒くないよ。温かい……」

嘘じゃない。

今野先生の腕の中は、すごく温かい。

それなのに、どうしてこんなに泣きたくなるんだろう。

顔を上げた瞬間、目の前にあったのは今野先生の少し茶色い瞳。

「……っ」

愛おしそうに私を見るその表情に、一瞬キスをされるんじゃないかと思ってドキッとした。

そのすぐあとに胸がなんだか変な音を立てて――……。

だけど、今野先生はまるで私の気持ちを見透かすように、腕の中から私をそっと解放すると、フッと笑って言ったんだ。

「ホテルまで送ってく」

「え?」

「城戸も心配してるだろ」

今野先生の表情は見えなかったけれど、差し出された手を少し戸惑いながらも握ったら、小さな笑い声が聞こえた。

「なに?」

「いや、なんか手放したくない気持ちもわかるかも」

「……」

――それはどういう意味?

「何でもないよ」

首を傾げる私を振り返りながら眺めて、今野先生はホテルに向かってゆっくりと歩き始める。

「月、明るいな」

その言葉につられて天を仰げば、月が強い光を放っていて……。

「うん。ホントだね」

静かな光のはずなのに、監視されているような感覚に襲われて、手のひらに、わずかに汗がにじむ。

手……。

春希と別れてから、今までだって、他の人とこんな風に手を繋いで歩いたことがあったはず。

手の温かさも、手のひらの厚みも、指の長さだって全然違う。

それを妙に強く感じてしまうのは、きっとここで、春希に近づきすぎてしまったからだ。

だけど、この手がいつか当たり前になって、ちょっとずつ春希とのことを忘れていけたらいいと思った。

“今野先生とだったら”って、私は本気で思っていたんだ。

< 467 / 651 >

この作品をシェア

pagetop