犬と猫…ときどき、君
「どうしてこんなに好きなのかな?」
「……」
「もう忘れたいよ……」
最後に口にしたその言葉が、静かな公園の空気に溶け込んで、
「芹沢先生?」
今野先生のその声にハッとした。
私、なにを言ってるんだろう。
「ごめん……なさい」
私の事を好きだと言ってくれた今野先生に、こんな話をするなんて……。
今更そんなことに気付く私は、どこまで人の気持ちに鈍感なんだろう。
――それなのに。
「芹沢先生。昨日言った言葉、訂正させて」
「……え?」
瞳を逸らすことなく私を見据え、その言葉を口にしたこの人は……一体どれだけ強くて、どれだけ優しいんだろう。
「俺は城戸がどんなにいいヤツかも知ってるし、二人に何があったのかだって知ってるんだから」
「……」
「逃げ道としては、打ってつけだと思うよ?」
穏やかな口調のまま、クスッと笑って。
ゆっくりと伸ばした腕に私を閉じ込めたその人の、香りも体温も、当たり前だけど、さっきまで私を抱きしめていた春希のものは全然違う。
「芹沢先生」
胸から伝わる鼓動の大きさも、響く声だって、こんなに違うのに。
「芹沢先生が本気で忘れたいって思うなら、忘れさせるから。だから……」
この言葉の続きを、私は聞きたい?
それとも――……
耳を塞いでしまいたい?
「俺と付き合おう?」
夜風に吹かれた草木の音が、ザワザワと耳につく。
その音に思考が奪われていくみたいに、私は靄もやがかかった頭のままで、ぼんやりと彼の言葉を聞いていた。
だけど、さっきからずっと考え続けている事が一つだけあって。
時計の針を、一体どこまで進めたら、春希のことを忘れられるのか。
もしも早送りをして、この感情が消えるなら……。
今野先生の腕の中で、彼の体温と香りに包まれているのに。
結局考えているのは、春希のこと。
「今野先生」
「ん?」
「……ごめんなさい」
――それにも拘らず。
「ごめんね……っ」
その背中に腕を回し、胸に顔をうずめて、あなたが示してくれた逃げ道に、まんまと逃げ込む私は……
「大丈夫。俺が望んだんだから、謝らなくていい」
一体どれだけ弱くて、どれだけずるい人間なんだろう?