犬と猫…ときどき、君


「すっごい雨降ってきましたよー! もー土砂降りとかいうレベルじゃないですよー……」


聡君が倉庫に向かった数分後。

受付の裏のカルテ室でカルテの整理をしていたサチちゃんが、ゲンナリとした声を上げながらやってきた。


「そんなにすごい?」


診察室裏の準備スペースには窓がなくて、外の様子は全く分からないんだけど……。

そう言われて意識してみれば、耳に届く屋根に当たる雨音は、ザーザーというよりも“ドカドカ”という感じ。


「すごいなんてもんじゃないですから! カルテ室の窓割れるんじゃないかと思って、一人でビビってましたもん」


顔を顰めたサチちゃんに“獣医以外は早く帰らせた方がいいかなぁ……”なんて、考え始めた時だった。


「胡桃」

「聡君! ありがとー……って、あれ? ポンプは?」

診察室裏のスペースに聡君が戻って来たんだけど、何故か手ぶら。


「場所分からなかった?」

「……」

「聡君?」

私の問いかけに返事もせずに考え込む聡君の表情は、確実にいつもと様子が違う。


「胡桃」

「な……に?」

いつもよりも低い声のトーンにドキリとして、鼓動が少しだけ速くなった。


「篠崎の家の住所教えて」

「え?」


篠崎君……?

突然出された名前は、まさかこのタイミングで出てくるとは思っていなかった人の名前。


「えっと、なんで?」

「いや、確認したい事あるんだ」

本当は“確認したい事ってなに?”って、そう聞きたいのに、聡君が珍しく少しイライラしているから……。


「マコに聞いてくる」

これ以上深く追求は出来ないと思ったし、きっと今は何も話してくれない気がして、私はそのままマコの元に向かった。


「マコ、ちょっといい?」

「んー? どした?」

検査室でプレパラートの封入作業をしていたマコは、いつもと変わらない様子で振り返り、首を傾げる。


「篠崎君の家の住所、教えて欲しいの」

「へ? なにそれ。なんで透の家の住所?」

「よくわからないんだけど、聡君が教えて欲しいって」

「及川さん?」


事態をつかめていない私が、マコにきちんとした説明をする事が出来るはずもないんだけど……。

取り合えずあった事を話してみたら、案の定、マコも不思議そうな顔をしている。


それもそのはず。

聡君と篠崎君も同じ大学の先輩後輩で、大学の時はそれなりに付き合いがあったけど……。

今は、直接的な関わりは皆無に等しい。


「ごめん。取りあえず教えてくれる?」

「分かった」

歯切れ悪く返事をしたマコに聞いた住所をメモして、私は聡君の元に急いで戻った。


< 477 / 651 >

この作品をシェア

pagetop