犬と猫…ときどき、君

息を呑む私の視線の先には、春希の肩越しに見える倉庫の入り口。

――でも。

「あの……ね。患者さんいないから、他の子たちには上がってもらおうかと思って」

「……」

「一応、城戸にも確認してから帰そうかなって」

いつもはどっちかが勝手に判断して、勝手に帰らせているのに……。

こんなバレバレな嘘に、春希が気付かないワケがない。

「いいかな?」

「……いいんじゃねーの」

私に向けられる黒い瞳に、心の中を読まれるのが怖くて、視線を逸らして下を向く。

「じゃー、上がってもらうね。検査私やるし、マコも……」

笑顔を浮かべて、もう一度その顔を見上げると、絡まった視線に胸が苦しくなる。


だって、しょうがないじゃん。

私だってよく意味が解らないんだもん。

だから、そんな目で見ないで。

私を見据える瞳は、どこか悲しそうで、胸が痛くなる。

「じゃー、着替えたら表出るから。みんな帰らせといて」

だけど春希は、私に何かを聞いたりはしなかった。

ただ少しだけ笑って、術衣を脱いで、それをオペ室の洗濯カゴに放りこむと、そのまま医局に向かって歩いて行った。


「はぁー……」

バタンと扉が閉まる音がした瞬間、体の力が抜けてしまって、雨が叩きつけられる窓に寄りかかる。

こんなに心臓の鼓動が速いのは、聡君の様子がおかしかったことを春希に伝えなかったから?

それとも、春希の瞳をあんなにも真っ直ぐに見つめたのが、あの夜以来だったから?

よく解らないけど、

「苦しいなぁ……」

胸が苦しくて、苦しくて。

気を抜くとこんな風に、少しだけ泣いてしまいそうになるから。

だから、困る――……。

< 479 / 651 >

この作品をシェア

pagetop