犬と猫…ときどき、君



気が付くと、窓から差し込む光が深いオレンジ色になって、部屋は薄暗くなっていた。

ボーっとしたままソファーに座り込む私の手の中には、相変わらず飾り気のない携帯電話。


「自分を守るため……か」

ポツリと呟いた言葉が、彼女の香りがわずかに残る部屋に広がって、ゆっくりと二つ折りのそれを開くと、白い背景の画面に目が少し痛くなる。


いつの間に届いていたんだろう。


画面の右上にある時間と、そのメールの受信時間を照らし合わせると、それが届いたのは一時間と少し前。


丁度彼女が帰った時間と同じだった。


【来週の水曜日、どこか出かけよう】

短くて絵文字もないそれは、今野先生から届いたもの。


私は、その画面をしばらく眺め、立ち上がった松元さんが、帰り際に口にした言葉を思い出していた。


“自分だって同じでしょう?”

“春希さんの事が好きなくせに。他の男に逃げ場を作ってるあなたに、言われたくなんかない”


「はぁー……」

今野先生の事が好き。

でも、春希も好き。


その気持ちを知りながら、今野先生と付き合い続けているんだから……。

それだって十分、“自分を守るため”だよね。


今野先生はそれでもいいって言ってくれているとか、自分でもちゃんと向き合おうとしているとか、そんなのただの言い訳にすぎない。


「 結局は私も、松元さんと変わりないか……」

そう呟きながらも、返信メールを作成する私って何なんだろう。


【楽しみにしてるね】

そう打ち込んだあと、

【いつもありがとう。楽しみ】

そんな言葉を付け足したのは、後ろめたい気持ちがどこかにあるから。


今日一日の私の行動は、全て自分と春希の為に取った行動。

それって、“今の私”がしてもいい事だったのだろうか?


確かに篠崎君に“春希を助けて”とは言われたけど、それとは関係なしに、自分で春希の為に何か出来ればと思った。


……結局は、自分勝手な気持ちを松元さんにぶつけて終わっちゃったけど。


今野先生が、初めて私を「胡桃」と呼んだあの日、彼が嫌がる事はもうしないと約束をした。


今日私が取った行動は、その“嫌がる事”に含まれる?

含まれない?


どんどん湧き上がる疑問に、今野先生じゃない私が答えられるはずもない。


頭を抱えた私は、ドッと溜まった疲れに身をゆだねて、お風呂にも入らずにソファーの上で眠りについた。

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