犬と猫…ときどき、君


「あれ? ごめん、ちょっと待ってて!」

頭上からそんな声が聞こえて、私の手を離した今野先生がガードレールから体を乗り出して、

「おーい! 城戸ー!」

大きな声で、彼の名前を呼んだんだ。


それに一瞬動きを止めた春希が、キョロキョロと周りを見回す。

――そして。

今野先生に気が付いて浮かべた笑顔が、私と目があった瞬間、驚きの表情に変わる。


ごめんね。そんな顔をさせちゃって。

少しだけ痛んだ胸の内を隠しながら笑顔を浮かべた私に、春希もわずかに口元を緩めた。


「向こうに渡ろうか?」

「うん……」


大丈夫、大丈夫。

自分に言い聞かせながら、今野先生の背中を追う。


どうしよう。
何を話そう。

少し前までは、ほぼ毎日一緒にいて、同じ医局に二人きりなのが当然だったのに、今は探さないと話題さえ見つからない。


ゴチャゴチャの頭で色んな事を考えているうちに、春希の姿はどんどん大きくなって、その目の前で立ち止まった。


俯く視線の先には、春希のスニーカー。


「よー、久し振りじゃん。こんなトコで何してんの?」


今野先生の言葉にフッと笑った春希は、

「車売りに来た。向こう持ってっても維持できねぇし」

少しだけ淋しそうに笑って、そう言ったんだ。


――車。


「あー、そっか。もったいねーな。俺にくれよ」

「なんでだよ」

楽しそうに笑い合う二人は、やっぱり“友達”で、その会話に入れないままでいる私の視界の端に、春希の黒い四駆車が映り込む。


そっか。
そうだよね……。

春希は日本からいなくなるんだから、そうなるよね。


理解していた事なのに、どこか非現実的だったそれが、急に現実味を帯び始めて、胸が一気に重くなる。


「まだ時間かかるの?」

「いや、今日は査定に出しに来ただけだから」

「そっか。じゃー、一緒にメシ食わねぇ?」


別に、こんなに動揺するような事じゃない。

今までだって何度か一緒にゴハンを食べた事もあるし、そもそも春希と今野先生は友達だし……。

だから、平気なんだけど。


やっと顔を上げた私に向けられる春希の瞳が、あまりにも真っ直ぐで変わらないから。


「邪魔じゃなければ」

笑いながら吐き出されたその言葉に、私は「ちょっと邪魔だけど」なんて言いながら、誤魔化し笑いを浮かべるしかなかった。


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