犬と猫…ときどき、君
「あぁ……。まぁ、まだしばらく時間はあるし。俺今無職だから、毎日暇だし」
「だったら、向こうに行くまでの間だけでも病院に戻って来てよー」
――ただ、冗談のつもりだった。
“今更行けるかよ”とか、“バイト代出してくれるなら”とか、いつも通りのふざけた言葉が返ってくるんだとばかり思っていた。
それなのに……。
「戻れるもんなら戻りてぇけど、そうもいかないから」
春希が、そんな言葉を落とすから。
俯いていた視線を、つい上げてしまった。
「……っ」
目の前にあったのは、少しだけ悲しそうに笑う春希のあの瞳。
こんな時でもやっぱり綺麗なその黒い瞳に、胸が柔らかく軋む。
どうして顔を上げちゃったんだろう。
だって、こんな顔を見たら……。
「ねぇ、城戸」
「ん?」
「留学、本当にしたいの?」
自惚れとも取れる、そんな言葉を口にしてしまう。
「……」
「城戸」
――“逃げる為”。
篠崎君にそう言われただけで、春希は本当に留学がしたいのかもしれない。
それなのにこうして言葉にしてしまったのは、春希の表情を見てしまったからだと思う。
だって、何だかおかしい。
もしも本当に行きたいなら、いつもみたいに“なに言ってんだよ、行きたいから行くんだろ”って、そう言えばいい。
それなのに、目の前の春希は一瞬その表情を歪めて、まるで何かを誤魔化すように口元に笑みを浮かべる。
「何でそんなこと聞くんだ?」
「……」
「誰かに何か聞いた?」
私はそれに頭を振る。
「だったら何で急に」
だって、もしも純粋に留学がしたいなら、そう言えばいい。
「芹沢」
それなのに、私にさえ分かってしまうような作り笑いを浮かべているから。
だから、つい――……
「それって、否定の意味にとらえていいの?」
言うつもりのなかったそんな言葉が、口を吐いて出てしまった。
彼の為に何が出来るのか。
自分がどうしたいのか。
春希が言葉に詰まったこの瞬間から、私は、もうそうする事を決心していたんだと思う。