≡ヴァニティケース≡

「早く行かないとお店が閉まっちゃう。だけど、表には出たくないなあ……」


 正直、今は外出するのを避けたかった。だが、漸く蒔田の鼻をあかすことが出来たのだ。折角仕事も淀みなくこなせるようになり、会話にも先手が打てるだけの余裕が出来たのに、一度奪ったイニシアティブを些細なことで手放すのは気が引ける。ストーカーへの恐怖心は有っても、蒔田に負けるのはもう嫌だ。実際に手出しをされていない今は、敢えて天秤に掛けるまでもない。だいいち、明日買ったのでは出勤に間に合わない。美鈴はここで後に退く訳にはいかなかった。


「行くしかないわね」


 そう自らに結論付け、サンダルを突っ掛けて玄関の三和土を蹴る。駆け出した彼女の姿を、夜の闇が呑み込もうとしていた。



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