≡ヴァニティケース≡

「やっぱり私、鈴奈さんと会うべきなのよ。それが例え、私の根幹を揺るがすことになっても!」


 とうに記憶の隅へ追いやられていた筈の、あのロココ調の浮き彫りが美鈴の脳裏に映し出された。そう、隅々まで精緻に施された彫り物が、もし高価な象牙だったとすれば、そして埋め込まれたガラス玉が仮に全て本物の宝石だったとすれば……。それは海運王の令嬢が持つに相応しい品物なのではないだろうか。


 あの部屋にどういった経緯でもたらされたのか、その理由は想像の域を超えるが、件のヴァニティケースは今も天袋の奥で息を潜めている。物言わぬ箱は、この瞬間も自分の出番を待ちわびているのかも知れない。


「でも、鈴奈さんに会うには、もっと別の角度から調査し直すべきね」


 狐を狩りたくば狐の気持ちを理解するしかない。虎の子を得たくば虎の穴に入るしかない。いわんやストーカーも然りである。逃げてばかりでは解決しないのだ。


 美鈴は電車を降り、夕闇の街を颯爽と歩き出す。


「ヒロインが弱いとは限らないのよ」


 そう呟いた彼女を突然の通り雨が襲ったが、その激しい雨音さえ、美鈴には自分に贈られる喝采にしか聞こえ無かった。



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