≡ヴァニティケース≡

 やがて鈴奈は大学時代に同じゼミだった、東京に拠を構える陸運会社社長の三男坊、福山美治と大恋愛の末に結婚。美治を伊藤家の婿に迎え、まさに幸福の極致とも言える毎日を送ることとなる。


 この頃は、およそ周囲の羨望も絶頂だっただろう。


 そうして月日は過ぎ。


「本当に僕が一緒に行かなくてもいいのかい?」


 美治が、もう三度目になる質問を妻へと投げ掛けた。


「ええ。神社には山中が付き合オうてくれはる言うとりましたし」


「山中さんか。確かに彼女が一緒なら、ここの地理に明るくない僕より心強いな」


 美治はやっと納得して満面の笑顔を見せた。


「うちも美治はんに来て頂きとうおすけど、明日は大事な会議ですやろ? お仕事に差し支えが有っては、うちが心苦しゅうなります」


 婿である自分の立場を配慮してくれる妻の心遣いに、美治は思わず鈴奈を抱き締めていた。



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