≡ヴァニティケース≡

「……」


 部屋に入った鈴奈は、その光景に言葉を失った。漆喰の壁が赤黒い液体で汚れている。まるで吹き付けたペンキか、益子焼きの釉薬のようにしか見えない。


 しかし壁一面に飛び散ったそれは、間違いなく血糊だった。


 ふと見れば、畳の上にも錆色に黒ずんだ血の痕が拡がっている。その中で見慣れた着物を着た女が足をこちらに向け、うつ伏せに臥して倒れていた。


「な、中……山……。どないしたん? 何が有ってん? あ痛っ!」


 近付こうとした鈴奈の足に何かが当たった。小指で重い物を強く蹴ったらしい。堪らず膝を折る。


「あたた……何なん?」


 そして視線を床へ落とした途端、足下に転がっている中山と目が合った。蹴られて頭の向きが変わったらしい。黙ってこちらを見詰めている彼女の、その焦点の合わない瞳が死に際の無念さを告げていた。


「く、首だけ! ひ、ひぃぃぃ……」


 中山の首には変色した血がこびり付いていて、頭の半分が赤く染まっている。肌の色も最早生きている人間のそれではなかった。


「ぅげっ、おえええぇぇっ」


 剰りの惨たらしい光景に嘔吐しながら、それでも鈴奈は何かを叫んでいた。しかし遠退く意識が視界から光を奪うまで、1分とは掛からなかった。



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