貴方に愛を捧げましょう


何も言葉を返してこない彼に、あたしはピアッサーの使い方を淡々と説明した。

その間、蜂蜜色の瞳がその手に持つ物を眺めて、次に、説明するあたしを見つめて。

どこか鬱とした表情を浮かべる。


「簡単でしょ? じゃあ、今言った通りにして」


そう告げてながらあたしは顔を横に向け、彼の方へ右耳を晒した。

……すると。


「何故……」


と、彼が呟く。

何故? 一体、何に対して?


「何故、そのような事を仰るのです」

「……何が?」

「貴女に傷を付けるなど……」


なに言ってるの、この人は。

なにを血迷ってるの、頭がイカれてしまった?

あたしは彼を強く睨み付けた。


「さっきあたしが説明した通りにすればいいのよ」

「貴女を……傷付けたくはありません」

「冗談言わないで」


そんな戯言、聞きたくない。

それとも……その言葉は本気?

──…もしかして。


「あたしが言ったあの願い、まだ続行中なの?」


そう、あたしが彼に願った“愛が欲しい”という、あの言葉。

その魅惑的な声で愛の言葉を囁こうとも、どれだけ美しい姿をしていようとも。

得体の知れない彼からの愛なんて、欲しくない。

……今のあたしに欲しいものなんて、何も無い。


「もしそうなら、今すぐ忘れて」


だからあたしはそう言った。

それなのに、彼は。


「一度主に下されたご命令や願いは、最後まで遂行しなければならないのです。忘れる事は出来ません」


つまり、忘れろという命令は聞けないってこと?

……なんなのよ、それ。

理不尽にも程がある。


でも、それなら…──いいわ。

あたしにも言わせてもらおうじゃない。


「じゃあ、教えてあげる。今までずっと、嫌な事がある度にこうしてあけてきたの」


そう言って、ピアスが付いてる上を指先でなぞっていく。

つまり、ピアスが付いている分だけ、嫌な事があったということ。

──…だから。


「今からあけるのは、あなたのせいよ。葉玖」


その時あたしは、初めて彼の名前を口にした。


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