貴方に愛を捧げましょう


それでも、両親のする事に余計なことは考えないように、思わないようにするというのは……例え慣れていても、出来なくなる時がある。

両親の他に、あたしを苛むものがいる時。


自分の部屋に戻ろうと廊下に出ると、その元凶があたしを待っていた。

蜂蜜色の瞳が、じっとこちらを見つめている。

その視線から目を逸らし、彼の前をさっさと通り過ぎた。


彼を檻から出してしまったあの日から、三週間ほどが経った。

彼が常にあたしの傍にいる事には慣れてきたし、必要以上に話さないようにしてる。

そうしないと疲れるし、無駄な事は出来るだけ避けたいから。


でも……今は、何もかも不安定。

苛立ってるし、考え事が落ち着かない。

それを安定させるには頭も心も空っぽにして、無になる事が一番だというのは分かってるのに。

それが出来ない自分自身に対して、とてつもなく腹立たしい。


「っ……、はぁ…っ」


息苦しい……。

制服の襟は絞まってないのに、おまけに目眩までしてきた。

呼吸が異常なほど早いのは階段を上ってるせいじゃない。

原因は分かってる。


「はっ……」


自分の部屋に着いて襖を開けた途端、思わず膝をついてしまった。

次の瞬間、あたしの身体を支えようと長い腕が差し出される。

それをすかさず払い除けた。

何故か悲痛な表情を浮かべる彼に対して、何の感情も浮かばない。

それどころじゃ、ない。


「放って、おいてっ…!」

「ですが……」

「──…はぁっ、……っ」


呼吸を乱した身体は、それを整えようとしているのに。

そうすると胸が苦しくなって、だけど呼吸をするのは止められなくて。

……その悪循環。


苦しくて身を守るように丸くなって寝そべるあたしを、真上から見下ろす彼の顔が、目眩がするせいでぼやけていく。

突然、ふわりと身体が浮いた。

あたしの身体を抱き上げる彼に、抵抗らしい抵抗は、もはや出来るはずもなく。

目の前があっという間に黒に支配されていって。


「由羅様っ……!」


あたしは気絶するように、眠りに落ちた。


< 27 / 201 >

この作品をシェア

pagetop