貴方に愛を捧げましょう
朦朧とする意識の中、あたしの名を呼ぶ声が聞こえてくる。
蜂蜜みたいに甘く優しい、深くまで響く声。
けれど今はただ、煩わしいの一言に尽きる。
誰よ、放っておいてよ……。
あたしを起こさないで……眠らせて。
このままずっと……この暗闇の中でいたいのに。
手を伸ばして、声の発生源を突き止めようとした。
けれどその手は、何かに掴まれてしまう。
そこで…──はっとして、目が醒めた。
「由羅様……」
暗闇の中であたしを呼んだのは、不安げな表情を浮かべる、葉玖のもの。
あたしの身体はベッドの上で、部屋は電気が付いておらず、窓の外は真っ暗だ。
随分、意識を失って眠っていたはずなのに、まだ頭がぐらぐらする。
「──…なに」
「体調は、お身体はいかがですか…?」
窓から射し込む月明かりが照らす彼の姿は、どことなく異質な雰囲気を醸していて。
蜂蜜色の瞳は月明かりを反射して、金色に煌めいている。
黄金色のサテンのような髪も、同様に。
彼の心配するような素振りに、あたしは目を細めて薄く笑った。
だって、こんなあたしを心配するなんて余りにも可笑しくて。
異形の彼が、面白味も無いただの人間を構うなんて、変な話でしょ?
「貴女が気を失われて、私はどうすれば良いのか分からず……申し訳無い限りです」
その言葉は、真実?
それとも、まやかし?
その妖艶な姿や声のように、あたしを惑わす危険な存在であるはずの彼は。
煌めく瞳をこちらに向け、その黄玉にあたしだけを映していた。
「あなたから見れば……あたしなんて、か弱くて愚かしい人間なんでしょうね……」
「由羅、様…?」
彼の言う事なんてどうでもいい。
あたしは感情の無い笑みを浮かべながら、そう告げた。
あたしの真意が掴めない彼は、美しい顔を微かに傾いで、戸惑ったような奇妙な表情を見せる。
そこで──何が目的なのか、彼はあたしの頬を遠慮がちにそっと撫でた。
そんな彼の手をとって、自分の方にぐっと引き寄せる。
「ねぇ……お願いがあるの」
「何でしょう…?」
相変わらず戸惑っているような彼を眺めながら、掴んでいた彼の手を首に掛けさせて。
その上から手を重ね、力を込めた。
「あたしを、殺して」
闇が支配する深い夜、あたしは異形の存在に死を願った。