闇夜に笑まひの風花を






整えられたベッドの上に、杏を下ろす。
彼女に跨って、胸元の衣をはだけた。

露わになるのは、痛々しい痣。

下着が邪魔で、それを取り外した。
痣が見える範囲だけ肌を露わにし、他の白い肌は衣で隠した。

遥は状況を忘れて、いつ理性を失うか分からない自分を理解している。
組み敷いているのは、溢れんばかりの愛しさを抱いている女だ。

そして、今は彼女が痛がっている。
その表情を見ているのが辛くて、遥は痣に唇を押し当てた。

びくり、と杏の身体が跳ねる。

痛かったのかもしれない。

手で触れるのも痛そうだと判断し、やはり彼女の言う通り、舐めとることにした。
先ほど唇をつけたところに舌で触れる。

彼女の血は、ひどく甘かった。

杏の手はシーツを握り締めている。

遥は彼女の横に手を突いて、杏が痛がらないように注意しながら一通り舐めていった。

そして、それを幾度か繰り返す。
そのうちに杏の顔からは痛みの表情が徐々に消えていって、指や身体からも力が抜けていくのが分かった。

時折彼女の唇から切ない吐息が零れて、小さな甘い声が届く。

その度に、心が身体が重苦しくなっていく。
遥は彼女に触れようと勝手に動きそうになる手を握り締め、必死に理性を保っていた。

彼女は幾度も誘拐され、男に乱暴されかかったこともある。
だからこそ彼女は男を嫌悪し、恐怖する。

それと同じことは絶対にしたくなかった。
こうして身を委ねてくれる信用を、失いたくはなかった。

切なく、追い詰められていく彼の心。

彼女はそれに気づかない。

杏の表情から痛みの色が消え、痣からの流血も止まったことを確認し、遥は身体を起こした。

痛みとの勝負に疲れたのか、杏は今にも眠りそうなとろりとした瞳をしていた。
わずかに蒸気した頬、蕩けた瞳、吐息を吐き出す唇。
純白のベッドの上に身を沈める彼女は見惚れるほどに美しく、目を離せないほどに官能的だった。

どくり、と鼓動が音を立てる。

遥は、彼女の姿から離れようとしない己の視線を顔ごと背け、引き剥がした。
その視界の端に映った布団を上に掛けて、杏の手が裾を握って離さないことに気づく。
彼はわずかに苦笑して、彼女の横に寝転び、琥珀色の髪を何度も梳いてやる。
杏は幸せそうに遥の懐に潜り込んだ。

彼女を抱き締め、彼はおやすみと囁いた。





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