闇夜に笑まひの風花を
足先で彼女の顎を上げさせる。
現れた杏の表情を見て、那乃は更に笑みを深くした。

「ふふふふふ、良い顔。
悔しいでしょう?でもあなたが悪いのよ。私は折角忠告してあげたのに」

何の話だ。
今までずっと、杏は那乃を疑いもしなかったのに。
今まで散々偽り、尻尾さえも捕まえさせなかったのに。
一体どこに忠告があったとでも言うのか。

「ねえ?遥様のキスシーン、見たときどんな気持ちだった?」

その瞬間、杏の瞳がひび割れる。

「__ま、さか……」

震える声。
喉が、指が、腕が、身体が小刻みに震え出す。

那乃の浮かべる笑顔は、最早人間のものではない。
悪魔のものだ。

「そのまさか。
いつも上げている髪を下ろして化粧しただけなのに、気づかれないなんてこっちが驚いたわ。
あんたが家に来たとき、学校はとっくに終わっていたのにまだ帰ってないなんて、おかしいと思わなかったの?」

杏は彼女を見上げて、ひたすらに呼吸を繰り返す。
何かを言い返す気力なんてもうなかった。

那乃の顔が歪む。
狂気に囚われる。

「目障りなのよ、あんた。遥様の周りをうろちょろうろちょろ。
しかも庶民のくせに舞姫に最も近いですって?調子に乗るのも大概になさい。あんたなんて、教えてくださったのがあの方で、パートナーを遥様が務めてくださったから、うまく誤魔化せてるだけのくせにっ!
あんたが居なくなれば、代わりに私が花姫になれたのよ!!」

場所も余裕も忘れて、叫ぶ彼女は吐き捨てる。

「あんたなんて、消えちゃえば良かったのよっっ!!」

それは杏の心を壊す、一言。

__それを聞いた瞬間、
杏を狙って振り下ろされた足を避けるように、
杏はそこを走り去った。


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