闇夜に笑まひの風花を
遠くのざわめきが、風に乗って聞こえる。
舞踏会はまだ続いている。
そして、王子を探す声がかすかに聞こえた。

涙が見れないのは残念だったが、杏の瞳から光が完全に消えたことを見て取ると、裕は杏の腰に手を回す。

「時間だ。会場に戻るぞ」

そして、ふらふらな杏を支えるようにして、四阿を立ち去ろうとする。
杏は最早拒否することすら億劫で、ただ言葉だけで言いやった。

「離してください。舞踏会には、殿下だけでお戻りください。私は参れません」

「言っただろう、この舞踏会の主役はお前だ。逃げることは許さん」

彼の言っていることが、杏には理解できなかった。
もともと頭などとうに働かなくなっていたが、そもそもこの舞踏会に主役と言い切れる者などいない。
今夜は舞姫を決めるための舞台だ。
主役と言えば、参加した花姫たちだ。
杏だけではない。

けれど、裕は悠々と笑みを崩すことなく、彼に引き寄せられるままに力なく寄り掛かる杏の耳元で囁いた。

「ドレスの礼に、私と踊れ」

それを杏が理解する前に、裕を見つけた使用人が前方からバタバタと数人走ってきた。

「王子、探しました」

「うむ。
誰か、この者の世話を頼む。心が休まるハーブティーを用意しろ。それから、身なりを整えて私のところまで連れて来い。三十分ほど時間をやる」

言うだけ言って、裕は傍の侍女に杏を渡した。
彼女は杏を受け取り、その背中に言葉を返した。

「かしこまりました」

それを聞きながら、杏は去っていく裕の背中を見つめていた。
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