チョコレート
チョコレート
あたりまえの事だけど人間には味覚がある。
甘いと思ったり、辛いと思ったり、すっぱいと思ったり……
私は甘いチョコレートが好きだ。
口の中でとろりと溶け、喉の奥まで広がる甘い甘い香り。一番の至福の時。
「やっぱこれが一番おいしいわ」
私は板チョコを半分に折って口へ運ぶ。
「みちる、あんた、そんなにチョコばっかり食べてたら体に悪いわよ」
美樹はそんな私を心配そうに見つめる。
「だって好きなんだもん」
私はよく問われる質問に大体いつも同じ言葉を返す。甘いものが好きだから……
私は甘いという味覚しか感じたくないから……
チョコレートを毎日食べる。
もちろん甘いものはチョコレートだけではない。ケーキやクッキーやキャンディだって甘い。
でも、私はチョコレートの固定された絶対的な存在感。口の中でとろりと溶ける感覚。安定した甘さが一番好きだった。
「そういえば、みちる、あなた翔平と別れたの?」
美樹は定食の味噌汁をすすりながら私に聞いた。私はチョコレートを一口かじって答えた。
「別れてないよ」
美樹は不思議そうな顔をして味噌汁のお椀を置いた。
「あなたたちが別れたって噂になってるわよ」
美樹はアジフライにソースを沢山かけてかじりつく。サラダにドレッシングをかけて口に入れる。
そしてまた味噌汁をすする。
「美樹、私ね、甘いもの、ううん、チョコレートしか食べれないの」
美樹は私の言葉を聞いて箸を置いた。
「え?」
美樹の驚いた顔。
「私ね、わからないんだ」
私はチョコにかじりついた。
「何が?」
美樹はまるで珍獣を見るような目で私をみつめていた。
「辛いものやすっぱいものや苦いものを人は何故食べるんだろう。まったくおいしくないじゃない?そう思わない?」
美樹は笑った。
「あのねぇ、味覚ってそんなにはっきりと境界があるわけじゃないじゃない?たとえばラーメンを一口食べて今の味を辛いかすっぱいか甘いか苦いか述べよって言われて言うことできないでしょ?おいしいとかまずいとかならわかるわよ。でもそんなふうにわける事はできないわ」
美樹は呆れながらも私を諭そうとしていた。
私はおかしいのだろうか。美樹が言う様に、私の味覚はおかしいのだろうか。私はまたチョコレートを一口かじった。どろりとした感覚、あまりにも濃厚で幸せな快感。それらが口の中に広がり、私は思わず目を閉じた。


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