私立聖ブルージョークス女学院2
November
 少し風が冷たく感じられるようになった11月の初日、一限目は全校生徒がチャペルに集合しての荘厳な祈りの行事が行われた。教師の席に綾瀬先生と並んで座っていた環はそっと小声で彼女に尋ねた。
「あの、すいません、これは何の儀式なんですか?」
「あら、この前プリントが回って来てたでしょ?」
「あはは、すみません。最近採用試験の勉強が押してて、よく読んでなかったんです」
「11月1日は西方教会では、諸聖人の日と言って、有名無名、世界中の聖人、聖女のためにお祈りを捧げる日なのよ。特にカトリックでは指折りの聖なる記念日なのよ。ほら、うちの学校はカトリック系だから」
「はあ、そんな大事な日だったとは」
 綾瀬先生は前を向き直り、そして前の席の片山の頭が小刻みに前後に揺れているのに気づいて、周りに気づかれないようにパンと肩を叩いた。片山はビクっと飛び上がるようにして身を起こし、そっと後ろを振り返ってバツの悪そうな顔で綾瀬先生に頭を下げた。どうやら居眠りしかけていたらしい。
 儀式は早めに終わり、二時限目が始まるまでだいぶ時間を余して生徒、教師全員がチャペルを出た。環と片山と綾瀬先生は三人で並んで校舎へ戻りながらおしゃべりをした。綾瀬先生が苦笑しながら片山に言った。
「もう片山先生、あれで何度目ですか?そんなに宗教行事は退屈?」
 片山は片手で頭をかきながら答えた。
「いやあ、すみません。どうもこれだけは、いつまで経っても慣れなくて」
「先生はみんなに評判いいのに、そこだけは珠に傷ですわね」
 そういう綾瀬先生の言葉を聞きながら、環は傍らの木の陰に小柄な人影が潜んでじっと彼らの方を見つめている事を見逃さなかった。
 案の定、校舎棟に入ってほどなく廊下で、保健室の先生が九条院若菜の後を追って走っているのに出くわした。環がいつのもようにひょいと若菜の襟首をつかんで持ち上げ、彼女は宙で足をばたばたさせながらわめいた。
「放して下さい!早く片山先生を手当てして差し上げなければ!」
「タマというのは真珠の『ジュ』の方の字です。つまり宝石の事ね。一見完璧に見える人にも何か一つぐらい欠点はある、という意味の諺です。だからその握りしめている救急箱を早く保健の先生に返しなさい。片山先生が怪我したわけじゃありません。だいたい、どうやったらチャペルに座っていただけで、そんな所を怪我できるんですか?!」
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