水鏡
 ずっと底のほうまで見えてしまうような、そんな美しい湖がありました。

 湖のほとりには、それはそれはたくさんの、色とりどりの花たちがさんざめいておりました。

 季節はちょうどいいころなのでしょう。

 吹く風はそよそよとやさしく、空はどこまでもすみわたり、のんびりと雲が形を変えながらのろくさと湖にその身を映しながら通り過ぎるのでした。

 太陽の光もそれはやさしくやさしく、この湖のほとりをまんべんなく照らしているのでした。

 人々がこの湖にたたずんだなら誰もが微笑せずにはいられない、そんな日でした。

 ああ、それなのに、どうしたことでしょう。

 湖のほとりに、少年が独り、さっきから思いつめるでもなく、考え込むでもなく、座り込んでいるのでした。

 少年がどこからきたのか、誰もわかりません。

 少年は誰かを待っているのでしょうか。

 すらりとした長身に、長い手足。

 涼しげな瞳。

 鼻筋が少年のきれいな横顔を際立たせています。

 風が、顔を赤らめながら少年のさらさらとした髪をなでていくようです。

 破れたジーンズも、ぼろぼろのシャツも、気にならないほどに、少年にはどこか品格のある雰囲気が満ち溢れておりました。

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