桜ものがたり
「ただいま帰りました」

 祐里が玄関の扉を開けると菊代が迎えた。

「祐里さま、お帰りなさいませ。

 柾彦さま、いらっしゃいませ。応接間にご案内いたします」

「菊代さん、こんにちは。どうぞぼくにお構いなく」

 柾彦は、台所に進んで、紫乃に元気よく挨拶をした。

 祐里は、菊代に「柾彦さまのお好きなように」と目配せして、柾彦の後ろ

から台所に向う。

 祐里の気持ちも華やいでいた。

「紫乃さん、こんにちは。ご褒美のおやつをいただきに、姫を川原から

送って来ました。

 はい、どうぞ、おみやげの秋桜です」

 柾彦は、台所の紫乃にひと抱えの秋桜を手渡すと椅子に腰掛けた。

「柾彦さま、いらっしゃいませ。綺麗な秋桜でございますね。

 ありがとうございます。

 柾彦さまは、お客さまでございますので、どうぞ応接間へお越しくださいませ。

すぐにおやつをお持ちいたします」

 紫乃は、秋桜を受け取ると、慌てて柾彦に返事をした。

「ぼくは、ここでいただきます。奥さまは留守のようですし、ここで紫乃さんと

一緒のほうが気楽ですので」 

 柾彦は、屈託のない笑顔を紫乃に向けて、光祐さまの椅子に腰かけた。

 祐里と紫乃は、光祐さまが座っているような気分になり、

嬉しさが込み上げてくる。

「紫乃さんもご一緒にいただきましょう」

 祐里は、困った顔の紫乃に微笑みかけた。紫乃は、諦めて秋桜を桶に入れると、

蒸かしたての栗甘露入りの蒸しパンと抹茶の膳を柾彦の前に置いた。

「柾彦さまは、坊ちゃまの弟(おとうと)君(ぎみ)のようでございますね。

 何時も、祐里さまに優しくしてくださいまして、紫乃からもお礼を

申し上げます。ありがとうございます。

 お代わりもございますので沢山お召し上がりくださいませ」

 紫乃は、柾彦に深々とお辞儀をした。

「お礼なんて恥ずかしいです。

 秋桜を運ぶのを口実にして、紫乃さんのおやつをいただきたくて

付いて来ただけですよ。

 では、いただきます」

 柾彦は、立ち上がって恐縮した顔を見せ、目前の膳に手を合わせた。

 紫乃は、にっこり微笑んで祐里と自分の膳を並べると、柾彦と祐里の

楽しい会話に耳を傾けた。

< 65 / 85 >

この作品をシェア

pagetop