桜ものがたり
  旦那さまは、遺言書を読みながら、元山弁護士の突然の来訪を思い返していた。

「ようやく、啓祐さまに濤子さまの遺言書をお渡しする重責を果たす事が

できまして安堵いたしました。

 これをお残しになられる時は、大層、祐里さまの行く末を案じられて、

即座に開示すべきかどうか最後までお迷いでございました。

 濤子さまのご遺言通り、祐里さまは、強運の持ち主でございました」

 遺言書を読み終えて感慨に浸っている旦那さまに、元山弁護士は、

大きく頷いて笑顔を見せた。

「元山弁護士、母は、このような遺言をしていたのですね。

 母の真意が分かり、こころが晴れました。ありがとうございました」

 旦那さまは、元山弁護士の両手を力強く握って満面の笑みを浮かべた。

 旦那さまは、濤子さまが断固として祐里を養女にする事を反対しながら
も、

孫の光祐さまと同じように可愛がっていた態度がずっと腑に落ちないで

いたのだが、ようやくその真意を納得することができた。

 そして、自分も妻も何故祐里を手放す気になれなかったのか、

すんなりと理解できた。

 祐里は、桜河家に縁を持ち合わせた娘だったのだ。

 旦那さまは、光祐さまが帰るまで、奥さまにも祐里にもこの遺言書の件を

伝えるのを我慢した。

 そして、光祐さまを驚かそうと、五月の連休前に電報を打ったのだった。

「どうだね、光祐。現在(いま)の気持ちを言ってみなさい」

読み終えると、旦那さまは、満面の笑みを湛(たた)えて、

既に答えは分かっていると思いながら、光祐さまに問いかけた。
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