樹海の瞳【短編ホラー】
 この泉にたどり着いたのは、神が私に与えた奇跡だろう。
 水を飲み、そして、この薬を飲む。
 私を解放してくれる薬、大量の睡眠薬。

 どうやら、あんな光景を見た今、私は二度と眠れないだろう。
 そして、この薬に頼って、やがて希望を見失ったあの頃と、何も変わらない自分の弱さを知った。結局、何も変わらないのだ。

 可能なら、一杯の珈琲を飲みたい。
 パンとチーズで、爽やかな朝の一時を過ごしたかった。

 私は、今から死ぬ。
 人知れず、この美しい泉の傍らで。

 遺書はそこまでで、途切れていた。
 厳密には、その先は文字にすらなっていなかったが、震える手を抑えられなかったのであろう。

 木暮は、民家で美しい女性を見付け、自分だけの妄想に、心が破れた。
 ただ、木暮の最期の細やかな願いが、何気ない爽やかな朝の一時であれば、黛が叶えてあげられる範囲内ではないかと思った。

 黛は木暮を担ぎ、丁重に泉に沈めた。
 その木暮が片時も離さずに担いでいたリュックの中には、黛が切り落とした、志津の頭部があった。
< 18 / 21 >

この作品をシェア

pagetop