春、恋。夢桜。

【二】

「走るのは良いけど、無理しちゃ駄目よ。まだ治ったばっかなんだから……」

「わかってるよ。大丈夫だから。鍵は持ってくし、疲れただろうから先に寝てて」


夜、母親が俺の隣に立った。

本来の広さを取り戻した玄関に座り込んで、スニーカーの紐を結ぶ。


「さすがにこんな早い時間には寝ないわよ。年寄り扱いしないでくれる?
でも一応、鍵は閉めておくから」

「はいはい、悪かったよ。じゃ、行ってくる」


紐を結び終えてから、ジャージの裾を整える。

丁寧にそこまで終えてから、俺は立ち上がった。


「いってらっしゃい」


俺は、背後で聞こえた母親の声に軽く頷いて、家を出た。


昼間に自転車で通った道を、ゆっくりと一定のペースで走る。


3月になったとは言うものの、まだ風は冷たい。

そのせいで、肺が刺されたように痛んだ。


ぽつり、と光る外灯がやけに淋しく見える公園を左に曲がる。


寝静まった住宅街を通り抜け、並木道に入った辺りで
だんだん息が苦しくなってきた。


前に比べて、足が重くなった気もする。
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