春、恋。夢桜。
 
辺りを少し見回す。

でもどこにも、誰もいない。


確かに、透き通った高めの声が聞こえたはずだ……。


「お主、わしの声が聞こえるのか?
ならば、どこを見ておるのじゃ。わしはここにおる」


もしや、と思って勢い良く立ち上がって桜を見上げた。

肺の痛みも、足の疲労も、一気に吹き飛んだ気がする。


「やっと見つけたのじゃな。わしのことが見えるとは……お主、なかなかやるのう」


桜の木の、枝の上。

愉快そうに、少女がにっこりと笑った。


はっきりとは見えないけど、見た目はたぶん、俺より少し若いくらい。

その笑顔には、まだあどけなさが残っているような気がした。


「おい!お前、危ないだろ!早く降りてこいよ!」


頭の中は疑問だらけだったのに
俺はこんなことしか言えなかった。


あまりにも信じられない光景。


そのせいで、自分を自分でも制御し切れなくなった気がする。
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