Mail
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 親父からのメールが、今日は届かなかった。夕方あたりから抱いていた違和感はもしかしたらこんな些細なことだったのかもしれない。文哉はふと思った。隣では美代が最近のお笑い番組を見ながらケラケラ笑っている。若手の芸人が動くモニタを、俺は薄ぼんやりと眺めていた。
 親父からのメールが来ない。それは、ここ数年初めての経験だった。机の上の携帯のボタンを押す。サブディスプレイに映るのは青白い時刻表示、"22:43"。新着メールの文字はなかった。
 外国で働く親父のメールは、今まで欠かすことなく毎日送られてきた。必ず写真が一枚添えられ、それは市場の様子やバーの様子、友人の写真など毎日てんでバラバラだった。俺はそんなメールの殆どを無視し気になる内容だけ返信していたが、いざ来ない日がくると、それは不思議と違和感に包まれるものだった。


 俺と親父の仲は、基本的にあまりよくない。俺は親父を嫌っていた。母をこの日本に置き去りにして海外で働いている親父に、俺は子どもながら憤りを感じていたのかもしれない。母は正月とお盆にしか帰ってこれない父親をいつも待ちわび、俺と二人の食事の席でいつも父親の話をしていた。
「お父さんはね、遠い遠い海の向こうでも同じようにお寿司を食べてるんだって。お父さんの友達がお魚を生で食べるのにびっくりするのをお父さんは楽しんでるんだって。文哉だったらそんな意地悪しないよね」
 そういって、母は口元をおさえてクスクス笑う。それから決まりきって俺の学校での話になるのだ。
 俺はそんな健気な母が好きだった。
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