野辺の送り
「私には、難しすぎて、わかりません」
「そうね。そうよね。私もわかっているようで、なにもわかっていないのかもしれないわね」
「いえ、そんなことはないですよ。人生の達人っていうオーラーが出てます」
私の言葉に、彼女は眼を真ん丸くして楽しそうにいつまでも笑っていた。

恋をしたことがないといえば、嘘になる。

婚約者のいる人に恋をした。

叶わない恋だとわかっていた。

でも、止められなかった。

後悔はしていない。

彼が私を見て、素早く左手の薬指から銀の輪を外したのを見たとき、すべてはこともなく終わった。

人と人とのつながりや、関わり方をベッドの中で優しく囁いてくれた人だった。

二十代最初の恋。

八つ年上の彼はとても大人だった。

今、出会ったあのころの彼の年を越えてしまった私は、自分が大人だとは感じていない。


 いつしか、彼女の病室へ向かう時間を心待ちにしている自分に気づくのだった。

 時間の流れ方と速さは誰にでも平等なものであるが、少しでもその速度を遅らせたいと願うときこそ無常を感じることはない。

 彼女は、日増しに衰えていった。

 私にはどうすることもできない。
 
 それなのに、彼女はいつも私を気にかけているふうだった。

 私は私で非番になると、いつのころからか、彼女の病室に行くことが多くなった。

< 12 / 17 >

この作品をシェア

pagetop