恋する手のひら
俺は実果の向かいの席に腰を下ろす。

顔は見えるけど息遣いまでは届かない、これくらいの距離が臆病な俺には丁度いいのかもしれない。

何度か、写真集をめくる手を止めて実果に見とれてる自分に気付いた。
自分で手放しておいて、あの柔らかい髪に触れたいと思うのはわがままだよな。

実果は俺が見つめていることなんて知るよしもなく、眉間に皺を寄せながら参考書と格闘している。

その様子が可笑しくてついプッと吹き出してしまうと、実果はようやく顔を上げた。

「秀平は成績いいから、こんなときも本なんか読んじゃって余裕だよね。
さっきから随分面白そうだけど、何を読んでるの?」

俺は苦笑しながら首を振ると。
ただの写真集だよ、と表紙を彼女に向けて言った。

「───それって、前に旅行先で秀平が気に入ってた建物の写真じゃない?」

突然実果の口から出た言葉に驚いた。

「…よく覚えてるな」

確かに一昨年、三人で行った先で見かけた美術館の一角だけど、立ち寄ったのはほんの少しだった。

「あのとき、秀平は建築に興味あるんだなって思ったから」

実果は大したことじゃないと笑ったけど、それくらい実果は俺のことをよく見ていたということ。
なんだか、ありがたいような、恥ずかしいような何とも言えない気分になる。
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