LOST OF THE WORLD
真っ直ぐ、鍵穴ともっている鍵が垂直になるように、腕を引いた。

そんな一連の動作も、本当にそれが存在しているのかどうか、時々不安に思うことがある。

こうして目に見えることならまだいい、



それが「本来的な実体」に近づけば近づくほど、


現実世界と遠く離れれば離れるほど、



いつのまにか誰も自分を見てくれなくなるんじゃないか、と胸が苦しくなった。

そんなことを考えながら、ユキはもう一度ドアノブを引き、鍵がしっかりかかっていることを確認する。





思い出したように腕時計を確認すれば、約束の時間まで1時間ジャスト、といったところだった。






少し急いだ方がいいな、とユキは上着のポケットから携帯電話を取り出す。
メールボックスを開き、一番上の宛先をクリックすると、そのまま何かを打ちはじめた。








“5分くらい遅れるかも。さきにタクシー拾っといて”








30秒とたたないうちに携帯のバイブ音が耳をつんざく。電子盤には“了解”と一言だけ並んでいた。あいつらしいな、と顔を綻ばせる。少しだけ前に踏み出す勇気がでたのも、優しい友人のおかげだろう。色んな意味を込めて、“ありがとう”とユキは返信を打つ。











そうだ、まだ始まったばかりではないか。
自分は一体何に怖がっていたのだろう。


やっと進めたこの一歩を大事にしなくては。





そう、ささやかな決意をし、



彼女は雑然とする朝の都会へ、姿を消してゆくのだった。
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