【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】


インペリアルで弾くには
似合わないかも知れないけど
客層に見合った懐かしい曲をジャズアレンジにして
演奏しよう。


そう思って深呼吸。

脳内で楽譜を思い描いて組み立てていく。


ゆっくりと演奏しようと深呼吸した時、
恭也君が姿を見せる。




「何時もの曲リクエスト」



白衣の下からは、
今まで手術をしていたとばかりに、
グリーンのオペ着が見える。



「結城先生って言って、
 昔の俺のピアノの先生なんですよ。

 一曲目のリクエスト権頂きました」


いやっ、リクエスト権も何もないから。


そんな恭也の声を聞きながら、
私は何時もの愛の夢を奏で続ける。


インペリアルの独特の癖に
少し苦戦を虐げられる部分もあったけど
何とか弾き終えると、
沢山の拍手が沸き上がる。


その場で立ちあがって、
ゆっくりと聴いてくれた人たちにお辞儀をすると
もう一度、ピアノに向かって当初の予定していた
その客層の人たちが好んで聞きそうな、
歌謡曲や、TV番組の主題歌みたいなものを
ジャズアレンジにして演奏していく。


誰かの前で演奏したのは
本当に久しぶりで、
暗い顔をしていた人が喜んでくれる
そんな姿を見るだけで
私も元気を貰える気がした。




「ママ」



ふいに美雪さんに
手を引かれて姿を見せた真人を
ピアノから離れて抱きしめる。


そしてもう一度、
深くお辞儀をした。



「さっ、病室に戻ろうか?
 
 これからも時間を見つけて、
 結城先生に演奏して貰うから
 楽しみにしておいてくださいね。

 あっ、明日オペだから今日はゆっくり休んでください。
 梅村さん」



私と真人に声をかけた後も
近くに集まってくれた
人たちを気遣って、
次々に声をかけていく恭也君。


「後は、俺がやるよ。
 美雪さん、有難う。

 冬生も遊んでくれてたんだろ」


そう言って恭也君は、
真人を連れて来てくれた美雪さんにも声をかけると
美雪さんも自分の仕事に戻っていく。



「よしっ、真人君は
 先生が肩車してやろうな」



そう言って真人を
あっという間に肩車すると
視界が高くなったことに大はしゃぎする。



そうやって三人で過ごしてる時間は、
本当に親子みたいで、家族みたいで暖かい。

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