はだかの王子さま
 ハンドの行き先がが『ここ』なのに。

 わたし、声が出なかった。

 それは、声がかけ辛かったり、恥ずかしかったから、じゃ無かった。

 お父さんが、美有希とふたりで話を始めた辺りから、わたし、なんだか、急に力が抜けて来てたんだ。

 いつの間にか、座っていることも出来ず。

 狭い場所に、無理やり寝転んだまま。

 わたしにとって、大変な意味を持つはずの会話を、ただ、淡々と聞き流してた。

 心が動く余裕無く、見える真実を、他人事のように、夢を見ているみたいに眺めてた。

 ハンドに飛ばされた時に、落ち所が悪かったのか。

 それとも、他に理由があるのか判らないまま。

 わたしのいる窓の丁度真反対の、大広間の隅、斜め下の窓から一瞬。

 等身大の、とても大きな黒い蝶の羽が陽の光を浴びて、七色に輝くのがちらりと見えて。

 ああ、ハンドのもう一つの姿は、黒揚羽(くろあげは)なんだ、とぼんやり思いながら。

 とうとう、わたしの意識は、闇に引きずりこまれて行くように、遠のいて行ったんだ。







 
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