奥さんに、片想い

 本当に僕で良いのか。僕は会社では『いい人』だけど、プライベートは女の子とは縁遠い男独り身の生活を長くしてきた地味で平凡な男だ。それに対して、美佳子は年齢と共に華やかな大人の女性となって社交的で、いつだって『どんな男が恋人』という噂があった。
 そのどの男と比べても僕など、彼女達が理想と掲げている『こんなところがイケメン』なんてところはひとつもない。あれば会社で女の子達が騒いでくれる。一度もそんなこと無かった。こうなってみなければちっとも美佳子に意識してもらえない『会社のいい人』で終わっていたはずなのに――。

 だが、その後の美佳子は一人でずっと『うふ、うふふ』と笑っていた。
 その顔はしっかりみた。笑っているんだから、嬉しく思ってくれているんだよな?

 僕は一応、安堵する。
 淡い波の青と空の水色が、記憶に残っている。
 優しくて穏やかで、でもどこかぼんやり。くっきりしないけど、心の奥はくすぐったい。まるで柔らかな水彩画のようなあの日。


 ―◆・◆・◆・◆・◆―
 

 大学時代から付きあっていたという美佳子の彼のことなど知るよしもない。まったく知らない方がマシだ。
 でも彼女と噂になった会社の男達は違う。部署は違えど僕は毎日、彼等を目にする。特に意識などしないが意識しようと思えば『美佳子とどんな関係だったのか』と想像してしまうのが人として当たり前だと思う。すべて『噂にしかならなかった男達』だから、向こうが素知らぬ振りをしてくれるなら、僕だって『元よりないこと』と自然に思うことが出来る。それどころか実際に彼等は『婚約おめでとう』と大人の顔で祝福してくれる。『一人の男を除いて』は。
 一人の男? 決まっている。営業のあの『年下の男』だ。
 アイツだけは、近頃僕の目の前から逃げ回っている。目を合わせても向こうから逃げている。美佳子と彼等若い恋人同士との諍いがあった後の婚約だっただけに、あからさまに避けられている。彼に美佳子への気持ちがもうなくなっても(言っておくが、好い気持ちではなく、悪戯心の気持ちのほうな!)、それでも大人の上手な遊びとしてスッキリ終われずに『騒ぎ』に発展させたぐらいだから、まだわだかまりも生々しく残っていることだろう。
 今となっては。あっちは『騒ぎを起こした、会社の空気が読めない若い二人』で、こっちは『振り返らずに一歩踏み出した幸せカップル』という位置づけ。

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