奥さんに、片想い



「一発勝負でしたよね。千夏さん」
「そうよ。一発勝負。それで決める」
「大事な一球ですから。先に肩を暖めたいんですけど待っていてもらえますか」
「いいわよ」

 とても落ち着いている。いつもの穏和な笑みを見せ、彼から土手の階段を下り、公園広場へと向かっていく。

 その後を、千夏は佐川課長とともに降りた。
 夕なずみの公園を見下ろしながら、課長はまだ納得できない顔。

「あのさ。せめて三球とか五球とかさあ」

 チャンスをもっと増やせと言いたそうだった。

「いえ、一発じゃなくては意味がありません。私の人生を左右する結婚を決めるんですよ」
「だからこそ。一発勝負って……。あ、うん。もういいや」

 また課長は頭を抱えて唸りつつ、でも黙ってしまった。
 もうどう言っても『落合さんは落合さん』だとここだけはよく理解してくれている。

 そんな課長が空を見上げている。夏の遅い夕ぐれ。
 その穏やかで優しい色が課長の目に映っている。

「そうだな。本当に、きっかけてあるよな。ずっとこだわっていたことが、ある日突然、ちょっとしたことで軽くなるんだ」

 課長にもそんなことがあったのかと、千夏は片思いをしてきた男性の顔を見上げる。

「だから僕は落合さんにこう言いたい」

 『なんですか』と返すと、夕の風にネクタイをなびかせながら、葉桜並木を遠く遠く向こうへと辿っていく課長の目線。それを千夏も追った。

「自分で自分がずっと許せなかったみたいだから。それは落合さんらしいと僕もずっと思ってきたよ。だから、どうだろう。河野君にそこまで気持ちが傾いたなら、これからはずっと河野君に許してもらえばいいじゃないか」

 自分でだめなら、選んだ男に許し続けてもらえよ。

 思い続けた人からもらった最後の言葉に思えた。







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