龍とわたしと裏庭で⑤【バレンタイン編】
「わたしにはもう見えないけど、恵さんはいる?」

「常盤の横を歩いてる」

圭吾さんはそう言ってから、わたしの目の前に右手を差し出した。

手の平に小さな赤い花が乗っている。

お正月に神社でもらった神様の花と同じだ。


「せめて彼等の行く末に花を贈ろう」


圭吾さんが花にフッと息を吹き掛け、『舞え』と言う。

花は圭吾さんの手の平から吹き抜けの高い天井まで昇り、そこから無数の花びらになって舞い落ちた。


「きれい」

美幸が上を見上げてつぶやく。


小さな赤いハートのような花びらが空中で消えると、後には春を約束するような匂いが残った。


「梅だね」

悟くんが言った。


圭吾さんがうなずく。

「紅梅は、高潔、忠実、忍耐を意味する――それと、隠れた恋心も」


「わたし、ずっとお子様の恋でいいわ」

わたしは圭吾さんの肩に頭を預けて言った。

「ただ好きって気持ちだけでいられるもの」


「いつまでもそれでは、僕が困る」

圭吾さんがぼやくように呟いた。


< 86 / 125 >

この作品をシェア

pagetop