会いたい

 透は、私の恋人だった人。
 三年前、ひょっこり出かけたきり、戻らなかった。
 二十八にもなって定職にもつかず、根無草のように生きている人だった。
放浪癖があるのは分かり切っていたので、いきなり彼がいなくなっても、私は別段心配しなかった。
 だが、二週間を過ぎて、私は透の車がこの町から遠く離れた海に面した崖下から発見されたという連絡を、彼の顧問弁護士だった人から受けた。
 私が見たものは、これ以上なくひしゃげた透のものとおぼしき車の写真だけ。
 死体は波にさらわれたのか、とうとう見つからなかった。
 透は、まるで自分が死ぬことを予期していたかのように遺言を残していた。他に身寄りのない透はあの家の名義と管理を――と言っても、遺産の方は透の放浪資金のため半分以上はなくなり、あとは自動的に弁護人を通じて家の管理費に使われて結局のところびた一文私にお金が入るわけではなかったが――私に譲渡するようにと。
 あの事故から三年が過ぎようとしていた。私は二十五になっていた。
 私はもう大学生じゃない。就職難の為一般の職種の就職試験にことごとく落ち、教員免許を持っていたためにかろうじて地元の中学校の音楽の臨時講師として採用してもらい、社会人となっていた。透が決してならなかった普通の社会人に。
 そうして、時間は流れていくのだ。
 でも、私はまだどこかで透が生きているような気がしてた。いつか、なんでもなかったように私の前に、

「ただいま」

 そう言って笑ってくれると、心の半分でだけ、信じていた。
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