愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
 そうでございましょう?
恩返しなどとお為ごかしなことを、いけしゃあしゃあと言うのでございますから。
奉公中のわたくしめに対する態度を思いますれば、とてものことに信じられぬ言葉でごさいます。
毎日のように背におぶってあやし申し上げた私に対して、
「お前の背は臭かったわ!」などと、女学校のご級友の前での罵詈雑言。

聞かれたご級友の、かばい立てがなかったら・・。
そして又、何ゆえに手までお上げになられるのか。
しかもお手ではなく、さも汚らわしいものに触れでもされるように箒を持ち出してのこと。
忘れてはいませんぞ。

「正夫さん、本心からではないのですよ。
あの年頃というのはね、心持ちとは逆のことを口にしたりするものですよ。」
 大木さまからの優しいお声かけがありましても、私には到底信じがたいことでございます。
あの蔑みの目は、私の脳裏から未だに消えておりません。
うっすらと浮かんでいた涙とて、そこまでお嫌いなのかと情けなくさえ思えたものでございます。

「お前さんは忘れたと仰るのですか!
女学生時代の、あの仕打ちを。」
「女学生時代・・あの頃のことは・・。
今になってそれを詰られても・・。
確かに、あの時のあたしはどうかしていました。
悪うございました。
でも、心の中では、手を合わせていたのですよ。
涙をこぼしながらの、仕打ちだったのですから。」
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